高齢化社会の進展に対して、介護保険が導入された経緯について。

介護保険導入以前、高齢者の社会保障が医療に偏る経緯がありました。家庭の姿が変わり介護の社会化が叫ばれても、福祉制度にはスティグマが残り、利用者に不便だった経緯がありました。高齢者が権利意識をもって多様なサービスを利用できるよう介護保険が導入されるに至ります。

監修者
株式会社Wizleap 代表取締役。東京大学経済学部で金融を学び、金融分野における情報の非対称性を解消すべく、マネーキャリアの編集活動を行う。ファイナンシャルプランナー証券外務員を取得。

介護保険法が導入されるまで医療に偏りがちだった経緯

介護保険が導入されるまでは、高齢者に対する社会保障制度の中で、医療保険が大きな役割を果たしてきました。


一度すべての高齢者の医療費が無料になった時期もあったほど手厚かった医療制度でしたが、高齢化が進展する中で問題を抱えるようになりました。

同じ社会保険方式の介護保険が導入するにあたっては、この経緯が良くも悪くも大きな影響を与えることになります。

老人保健法などの医療制度の充実

福祉元年と呼ばれた1973年、高齢者の医療費負担を税で肩代わりしたことがあります。しかし、そのため高齢者の医療費が急増する弊害が生じました。


そこで、10年後、自己負担が復活した経緯があります。同時に、高齢化が大きく進み、本来自営業者向けだった国民健康保険に、企業退職後の高齢者が多く加入する事態が生じました。

そこで、国民健康保険と被用者保険とで財政の調整が必要となり、老人保健法が誕生しました。

「社会的入院」の社会問題化

老人保健法が導入され、国民健康保険が抱えてきた高齢者の医療費の負担を、厚生年金などの被用者保険も拠出金を出すことで分担するようになりました。


このように医療費負担の制度が整えられた一方で、医療よりも自宅での生活介護に移るべき場合でも受け皿が整わず、入院が長引くケースが増えました。治療目的よりも、介護などの必要から入院する「社会的入院」が問題となり、この経緯が介護保険導入を促す一因となります。

介護保険導入以前に、高齢者福祉が「行政措置」であった経緯

医療の枠組みの外では、介護は主に家庭で担われていました。同居する家族が生活の介助や世話をしていたのです。そして、それが望めない場合に、行政措置として特別養護老人ホームに入る仕組みになっていました。


しかし、この制度は、行政が入所先を決めるなどの点で不自由なものでした。また、当時は福祉を受けることに対してマイナスイメージが強かったという歴史的経緯があり、特に高齢者に抵抗を感じる人が多くいました。

介護保険導入前の家庭での介護負担。

日本には、家庭で高齢者の世話をみることが美風だった歴史的経緯がありました。特に、女性が「嫁の仕事」として担っていたのです。しかし、都市化の影響で子世代と離れて暮らす高齢者世帯も増えました。


平均寿命が延びて家庭の負担が長期に及ぶ一方、女性の意識変化と共に、経済的な必要からも女性が外で働くことが一般化するようになりました。こうして介護の社会化が叫ばれ、後に介護保険の導入に繋がります。

福祉施設に対するマイナスイメージ

介護が必要な高齢者への福祉に、特別養護老人ホームがありました。しかし利用者が自分では選べません。また、所得に応じて一部負担を支払う場合もあり、中程度の所得ではいわゆる「老人病院」に入院していた方が負担が軽い場合も多くありました。


しかも、日本には福祉を利用することにマイナスのイメージ(スティグマ)が強かった経緯があり、後に介護保険導入につながるようなニーズは医療施設で担われがちでした。



介護保険導入時、「税方式」か「社会保険」かで議論がわかれた経緯。

介護の社会化を、税方式で担うか社会保険で担うか、介護保険の導入時に議論された経緯があります。世界的に見ると、イギリス・スウェーデンなどでは税方式、ドイツ・オランダなどでは保険方式となっています。


日本の介護保険の導入時の議論においては、それまでの日本特有の経緯から、医療偏重への反省や福祉へのマイナスイメージへの配慮などが、大きく取り上げられることになりました。

マイナスイメージの払拭を重視。

税で担われる福祉に対し、極端に言えば「貧しい人が施しを受けている」かのような印象を持つ人が古い時代の人には多かったという歴史的経緯がありました。


そのような福祉に対するマイナスイメージを早急に払しょくし、高齢者が正しく権利意識をもって介護サービスを利用するには、「自分で払った保険料でサービスを利用する」方が向いているとされました。介護保険が社会保険方式で導入された大きな理由です。


柔軟で安定した財源の確保を目指して。

社会的入院では、医療が必要ない人に使われているという意味で非効率な使われ方をしているという問題だけでなく、高齢者の生活の質の確保や自立のための支援が不十分だという問題もありました。


この経緯を反省し、高齢者が在宅サービスも含めてふさわしい介護サービスを受けるには、目的が一般的な税よりも、介護目的に特化した介護保険という社会保険方式を導入することが、柔軟で安定した財源につながるとされました。

介護保険導入時から持ち越された経緯。

介護保険では、導入の経緯に鑑みて過去の反省に立ち、高齢者のニーズに応じて様々なサービスの拡充を財源に配慮しながら進めることになりました。このような意味では、住民に一番身近な市町村が運営することが望ましいことになります。


一方で、財政規模が小さいと各自治体での格差が生じたり、財政が不安定になったりします。介護保険では導入時からこの2つを両立させなければならないという経緯をへて誕生しました。

介護保険で広域化が望ましい点

介護保険では導入時から市町村単位での運営が構想されていましたが、都道府県や国、そして医療保険が財政面でバックアップすることになっています。過去に医療が支えてきた介護を独立させて介護保険を導入したというのも、その制度が創設された経緯の一面だからです。 


また、居住系サービスは広域からニーズを集めて成り立ちます。日本では病院へのニーズが高かった経緯から、療養型医療施設も多く存続しています。

地域密着型サービスの誕生

介護保険の導入では、医療偏重だった経緯を踏まえ、自立や予防が重視されました。このような日常での取組みには、身近な市町村単位の運営が向いています。


2006年には介護保険導入以来いくつかの改正がなされ、市町村単位で地域密着サービスを行うことになりました。介護保険導入前では国単位だった経緯を改め、市町村単位で地域の実情に合ったサービスや料金設定ができるようになっています。

まとめ

日本では、高齢者の医療保障が先行したため、高齢者への社会保障は医療偏重になりがちでした。


社会の変化を受けて、介護は家庭よりも社会で担うことが望ましいとされるようになりましたが、当時の福祉制度はマイナスイメージが強く、また、利用者に不自由な仕組みでした。高齢者の自立の観点から、権利意識をもって多様なサービスを利用できるよう、介護保険が導入されるに至りました。

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