がんは昔からあるって知ってた?がんはいつからあるのか歴史を遡る

人類の歴史上いつから「がん」という病気はあったのでしょうか。昔の人は、がんにかかっていたのでしょうか?それとも最近になってできた病気なのでしょうか?実はエジプトやペルーのミイラからがんと思われるものが見つかっています。人間とがんとの歴史をみていきます。

監修者
株式会社Wizleap 代表取締役。東京大学経済学部で金融を学び、金融分野における情報の非対称性を解消すべく、マネーキャリアの編集活動を行う。ファイナンシャルプランナー証券外務員を取得。

がんの歴史はいつから?4000年も昔からあるって本当?日本では?

内容をまとめると
  • がんには4000年以上の歴史のある病気
  • がんの名前の由来は、乳がんの切除断面がカニににていたから
  • 紀元前の時代のミイラからがんが発見された
  • がんは19世紀まで、何も分からない病気だった
  • 全身麻酔に成功したのは日本人医師
  • がんが治る病気になったのは、ここ30年ほど




がんの歴史は深く、約4000年以上前から人間と関わり時を刻んでいます。


怖い病気と漠然と思っているがんも、現代では医療が進み、治る病気にもなってきました。


しかし、4000年も前となると最新医療もなく、どのような治療が行われていたのか疑問に思いませんか?


日本では縄文時代にあたり、周りの国と比べても文化は乏しく、しっかりとした治療ガイドラインできていたようには思いません。


実は日本で医療というものができたのは、江戸時代とつい最近。


1722年には小石川養生所を町医者であった小川笙船を開業させ、医療費が無料ということもあり、貧富の差関係なく治療を受けることができました。


それまで病気は悪霊のせいで起こるといった考えがあり、祈祷師が除霊していたりしたんです。


そんな考えも改まり、医療として身体を治すことが広がったのは、小石川養生所がきっかけともいわれています。


海外は日本よりも文化も発達し、医療でも先をいく存在でした。


そこで、今回は


  • がんの歴史と名前の由来
  • がんと日本人の歴史
  • がんが治るようになった歴史とは


といった内容をご紹介していきますので、ぜひ最後までご覧ください。

がんの歴史やいつからあったのか解説!昔はなかったの?

死因として上位に必ず挙がる「がん」

現代では、心筋梗塞・脳梗塞と並んで三大疾病の1つといわれ、誰もが恐れる病気として知られています。

世界的な規模から現代の死亡原因を探ると、虚血性心疾患、脳卒中、慢性閉塞性肺疾患が上位を占めており、がんの文字は見当たりません。

日本で歴史を遡り昭和の時代の死因を厚生労働省が発表しているのですが、昭和22年から昭和63年の死因トップの病気は以下のようになっています。

昭和25年頃からがんは、上位5位に入っており、日本では近年見かけるようになった病気といえそうです。

日本で長く続いた江戸時代は感染症などの死因がはるかに多く、理由としては現代のような下水管理が出来ず、衛生状態が悪いためこのような結果となっていました。

なので、昔は平均寿命も短く、癌になる前に亡くなってしまうというケースが一般的で、長く生きられるようになり、がんになる確率も増えた。

と唱える方もいらっしゃるようです。

だからといっても、実はがんの歴史は深く。

研究する学者もいたことから、早い段階でがんというものは認知されていました。

では、がんの由来からさっそく歴史を紐解いてみましょう。

がんの名前の由来はギリシャ語から来ている

がんは英語で「Cancer」というのは、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、「カニ座」という別の意味もあるのはご存知でしょうか。

他にも「大きいカニ」という意味もあり、がんとカニには何か繋がりがありそうな気がします。

このがんとカニの関係性は、約2,000年以上前まで遡り、時代は紀元前400年代。

この頃に古代ギリシアのヒポクラテスという医師が、がんの研究をしたことに始まります。

ヒポクラテスは病人になった人をじっくり観察し、病気の根源について考えるため、医学の祖とも呼ばれています。

ヒポクラテスが倫理をまとめた「ヒポクラテスの誓」は、現代医学で充分通用する内容で、2,000年以上前とは思えないほど医学について丁寧にまとめあげられたもの。

そして、このヒポクラテスが「がんとカニ」を結びつけた人物でもあるんです。

その理由は、ヒポクラテスが乳がん治療をおこなった際に、切除した乳がんの断面をみて、がん組織が放射状に伸びている姿を見て

「カニに似ている」

と思ったことが由来とされています。

乳がんの外科手術をおこなっていたことにも驚きですが、乳がんを観察するという病気への探究心には頭が下がります。

ただ、当時の乳がんの外科手術は荒っぽい方法がとられており、乳がんを切除したあとに、切除部分をたいまつに火をつけて焼く

という、患者さんは苦痛で仕方ない、今では考えられない方法がとられていました。

ちなみに、麻酔はそれから1,800年後に使用されているので、それまで手術は痛みを伴うものというのが常識だったのでしょうね。

がんは紀元前300年ころのミイラからも発見された

紀元前300年の時代に生きていた人々も、少数ながらがんを発症していた人がいました。

ミイラが発見されたペルーでは、がんの痕跡が見つかり、がんというものが2000年以上前の時代からあったことが判明したのです。

この時代にはオグルニウス法がローマで誕生するなど、それぞれの国ごとで文明を作りはじめた時代なのですが、平均寿命も長くはありませんでした。

そのため、がんを発症する前に亡くなる人が多く、がんを発症したミイラはかなり稀なケースです。

がんの歴史は長いことは、ミイラから発見されたとして、研究者の中では大きな話題になりました。

がんに関わってきた歴史上の人物達



世界中の偉人の中には、がんの研究に携わってきた人物がいますが、まずご紹介したいのが、ギリシアの医師ヒポクラテスです。


ヒポクラテスは医師として活躍し、医学を学びながらギリシア中を渡り歩く障害を送っていました。


ヒポクラテスは、肉腫の名付け親ともいわれており、現代の西洋医学に多大なる影響を与えています。


もともとヒポクラテスの生きていた時代は、病気は神の仕業といった非科学的な考えだったのですが、ヒポクラテスはこの考えを全否定。


病気は自然に発生するものと捉え、医学を学んだことから


  • 医学の父
  • 医聖
  • 疫学の祖

とも呼ばれています。

その後ローマの医師C・クラリマスが、骨にできた肉の塊を肉腫と名前をつけ、それは前述したがんのあるミイらが発見された、約3,000年以上が経っていました。

そこから時は進み、病理学者J・ミュラーが細胞から正常なものとがん細胞を区別することを発見。

普通の細胞は規則正しく増殖するのに対し、がん細胞は不規則な増殖するのですが、その動きを解明し、現代の医療へとバトンを渡しました。

J・ミュラーは他にも

  • カエルのリンパ心臓の発見
  • ベル‐マジャンディの脊髄(せきずい)神経の法則の実験的証明

といった研究をおこなっており、1796年に創刊された『生理学雑誌』を、自身が亡くなるまで主宰し活動しました。

亡くなった原因は自殺ともいわれていますが、はっきりとしたことは分かっていませんが、ドイツを代表する生理・解剖学者として有名になりました。

人口癌実験に成功した日本人、山極 勝三郎とは?

山崎勝三郎はがんに関する実験に成功した人物で、東京帝国大学の出身です。

大学卒業後は、ドイツの留学も経験。

がんだけでなく

  • 脚気
  • ペスト
  • ツベルクリン

といった、現代で1度は聞いたことのある病気に関する研究でも功績を残されています。

このような功績から、ノーベル賞も夢ではないとも言われていましたが、それは生涯叶わなかったそうです。

もともと病理学教室で大学病院と東京市立養育院といった2つの病院から、運ばれる死体を解剖するといったことをしていました。

その数はかなり多く、13年間の間に解剖した数は3,014体

単純計算すると、1日半で1体は解剖していたことになります。

3,014体の解剖のうち、237例ががんで107例が胃がんに罹っていた方でした。

そこで胃がんになった方の生活に注目し、研究をおこなった結果。

「暴飲暴食のせいで、単純胃潰瘍を慢性的に引き起こし、がんへとつながった」

という結論へと結びつけ、日本で初めての『胃癌発生論』を出版しました。


その後、山崎勝三郎は肝臓がんの分類法を発見したのを機に、人工的にがんを作り出す研究を開始。


世界には、人工的に胃がんを作り出すことに成功しており、デンマーク病理学者ヨハネス・フィビゲルが、実験用ラットに寄生虫に感染しているゴキブリを食べさせることで、人工的にがんを作り出すことに成功していました。


この研究に感銘をうけ、うさぎの耳に石油由来のコールタールを塗り、人工的にがんを作り出すことに成功。


専門雑誌『癌 Gann 』を発刊し、のちのち日本癌学会の機関誌となり、現代のがん研究に大きな功績を残しました。

昔はがんが未知の病気で19世紀末まで何もわからなかった



現代では、胃がんであれば暴飲暴食。

肺がんであれば、喫煙の有無。

といったように、ある程度の原因が知られていますが、19世紀ごろまではがんというものが病気といったはっきりとした断定はできず、治療方法も確立されていない未知なる病気でした。

もちろん仮設に関しては

  • 精神的な要因
  • がんの遺伝体質
  • 有害な物質が引き起こす

といったものはありましたが、どれもはっきり19世紀までと答えが出ていません。

では、なぜ仮設の域をでなかったのか?

それは、医学の研究を受け継いで19世紀までかかった。

という理由もあるのかもしれませんが、がんで死亡するよりも感染症や飢餓といった、がん以外の死亡が多かったのも理由の1つとして挙げられます。

文明が進み、飢餓や感染症の心配がなくなった20世紀になると、平均寿命も伸びがんでの死亡率が上がり、がんの研究が進むようになりました。

現代では人間の細胞が加齢により、突然変異することでがんになる

といった考えが一般的になりました。

食生活やストレスといった要因で、突然変異のリスクが高まるため、炎症の起こし過ぎで、細胞が傷つき変異する。

といったような説をだす方もいますが、がんに対する治療は進んでも、コレさえすればがんにはならない!

といったような研究結果は、現代でもはっきりとしたものは無いのが実情です。

何年前からがんは治る病気になったの?歴史をみてみよう!

前述したように、がんという認知は昔からあったものの、治療するという技術は最近の話なのです。


19世紀頃には、ウイルスによってがんが引き起こされるといった可能性に着目するにとどまり、1950年代を迎えるまで、がんは治療できない不治の病とされていました。


がんになったら死というイメージが覆されたのは、ここ30年ほどと歴史はかなり浅いです。


しかし、この短い30年の間にも医療は進歩し続け、外科手術以外の方法も確立されていきました。


現在では抗がん剤治療や放射線治療といった、手術も入院も必要ない治療も進歩を続けています。


では、がん治療について必要な薬や外科手術など成功したのはいつからなのか気になるところです。


そこで


  • 抗がん剤がいつ生まれたのか?そのきっかけは
  • 転移していないがんを取り除けたのはいつ頃なのか
  • 手術に必要な全身麻酔に成功した人とは
  • がん治療に必要な分子標的薬
  • 現在、がんになった人の生存率

といった、がん治療の歴史について、詳しく解説していきます。

戦後の日本では次々に抗がん剤が生まれた

抗がん剤が最初に生まれたのは、第一次世界大戦や第二次世界大戦で使用された毒ガスが起源とされています。

この毒ガスはナイトロジェンマスタードという名前で、窒素を含んだ特殊な構造でできているのが特徴です。

がんの治療なのに毒?

と思った方もいるかもしれませんが、抗がん剤として研究されることになるのは、戦争中に起きたあるきっかけでした。

第二次世界大戦中、アメリカ軍の輸送船がドイツ軍に襲われ、爆撃により船から積んでいたナイトロジェンマスタードが漏れ出し、兵士が大量に浴びてしまったのです。

ナイトロジェンマスタードを浴びた兵士は、翌日から白血球の数値が低下し、白血病のような症状で、命を落としていきました

白血球が少なくなると、抵抗力が落ちるので、感染症によって命を落とす兵士もいたようです。

そこでこの経験から

「ナイトロジェンマスタードを白血病や悪性リンパ腫といった治療に使えるのではないか?」

と研究がスタートし、効果のある薬が開発されました。

一方で日本では、終戦後から4年後の1949年に、ナイトロジェンマスタードの毒性を弱めたナイトロジェンマスタードN-オキシド(ナイトロミン)を薬学者として東京大学にいた
石館守三。

病理学者として東北大学に在籍していた吉田富三氏の二人が初めて国産の抗がん剤を生み出しました

現在では、抗がん剤のタイプも、がんの種類により治癒ができるもの、延命効果のあるものとさまざまな種類が存在します。

1990年代に転移していないがんを取り除けるようになった

がんを外科手術によって切除する方法は、昔から行われていたのは、前述でお伝えしたとおりですが、その方法はかなり荒っぽいものでした。


現代のように麻酔の技術などはなく、切り取られる患者は命がけで手術に挑むことになったのです。


つまり、昔はがんになったら死ぬような痛みに耐えて無事に生きるか、そのまま死を待つといった病気として考えれます。


現代ではがんの切除手術は、当たり前のように受けられ、日帰りで帰ることが可能になるほど技術が進歩しています。


このように、今では当たり前になった方法も確立されたのは1990年頃とつい最近。


がんに罹ったあとに治療をうけて、生存率も年々高くなり国立がん研究センターの発表によると半数以上の施設利用者が5年以内に死亡する確率がないことを伝えています。


がんは転移する可能性が非常に高い病気であるため、あくまで生存率として理解する必用はありますが、昔のように死を待つだけの病気ではなくなっています。


手術によるがんの切除もですが、抗がん剤が本格的に利用されたのも1980年代と、現代のような治療はつい最近の話。


今のように、がんと戦えるようになったのも、過去の偉人たちの研究結果によるものなのかもしれないですね。

世界で初めて全身麻手術に成功したのは日本人

外科手術以外にも、歯科治療や胃カメラまで医療にかかせない存在である麻酔。

この麻酔を全身に使用した人物は日本の医師ということはご存知だったでしょうか?

全身麻酔に成功したのは華岡青洲という医師で、きっかけは若い時に読んだ書物に書かれていた、欧米との外科手術の差についてでした。

欧米では外科手術の技術が高いものの、麻酔などがなく痛みを伴う。

この痛みを全く無いものにすれば、医療の技術を上げることができるのではないか?

と考えた華岡青洲は医師の傍ら、麻酔薬について勉強します。

それから、全身麻酔の実現にいたったのは、華岡青洲が60歳を迎える頃でした。

持病をもった乳がん患者の手術に全身麻酔をかけ、手術に成功

これが全身麻酔技術の大きな一歩となったのです。

その噂を聞きつけた、国内の若い医師が華岡青洲の元を訪れ、全国へと広がり40年後には欧米でも使用されるようになりました。

分子標的薬が臨床的に使用されるようになった

胃や肺といった、身体の特定の箇所にできる特定の分子を集中的に、薬で治療することを「分子標的治療」といいます。

医療的には、細かな分類があるので「分子標的治療」と呼ばれ方をしていますが、一般の方は薬でがんをピンポイントに攻撃するといった理解で充分だと思います。

がんに直接作用するだけでなく、がんが栄養を補給するための道のりを阻害することも可能となっています。

1980年代頃に使用された治療方法で、抗体医薬品としてリツキシマブの名前で承認がおりたのは1997年と、30年ほどの歴史しかありません。

もともとはリツキシマブはマウス抗体を使用していましたが、マウスの抗体では上手くいかず、ヒト由来の抗体に置き換えたキメラ抗体が開発され利用されていました。

しかし、リツキシマブによる、アレルギー反応やヒト抗キメラ抗体と、治療に問題を多く抱えることになったのです。

結局は、開発や研究による対策が進んだ1990年代の終わりに、メシル酸イマチニブやゲフィチニブといった分子標的薬が開発され、医療の現場で一般的に使用されるようになりました。

がんとの関係性ですが、血液のがんとも呼ばれる白血病に効果がり、特に慢性骨髄性白血病に分子標的薬イマチニブが大きな効果があるということも分かっています。

がん患者の5年生存率は大幅に上昇した

がんの治療というと、代表的な例を挙げると


  • 外科手術
  • 放射線治療
  • 化学療法

という3つが代表的な存在ですが、この代表的な治療方法も日々進化を遂げています。

外科手術では、がんの進行度により日帰り手術が可能であったり、大きな傷跡が目立つような開腹手術をしないケースも増えてきているんです。

こういった、がんの治療はここ30年で急激に医療技術のレベルが上がり、早期発見や早期治療といった重症になる前に未然に防ぐことで生存率も格段に上昇しました。

前述でも簡単には触れましたが、国立がん研究センターの発表による、2009から2011年にがんと診断された方の5年相対生存率をご紹介します。

5年相対生存率(男女合計)5年相対生存率(男性)5年相対生存率(女性)
64.1%62.0%66.9%

生存率は6割以上と、がんは死に直結するとはいえない治る病気となっていますが、転移の恐れがあったり、長期的な通院も必用になってきます。

またがんになり、以前のように仕事で本調子で働けないとなると、治療費に加え生活費の心配もでてきませんか?

今は2人1人はがんになる時代に、将来の備えを考えるのはとても重要です。

がん保険に加入していても、していなくても、自分にあった保険選びは毎月の固定費を考える上でとても重要。

もし、保険代を見直したい、がん保険に加入したがよく分からない。

そんな悩みを抱えているのであれば、一度プロに相談するのがおすすめです。

無料の保険窓口や、マネーキャリアといいった無料で訪問相談をしてくれるサービスを有効活用し、毎月の保険料やがんリスクに備えた保険選びなど、将来の不安に備えてみてはいかがでしょうか?

まとめ:がんは何年前からあった?歴史をたどろう

いかがでしたでしょうか?


今回はがんの歴史を、国内だけではなく世界的に目を向けてご紹介していきました。


全身麻酔や抗がん剤治療など、今では当たり前になった医療は、様々な人の研究が土台として使用されており、現在も完全ながん治療を目指して日々医師たちは研究し、治療に立ち向かっています。


早期発見や早期治療は医療の技術の進歩ですが、その後の生活は誰も助けてはくれません


病気になったとき、どのように対処すればよいのかといった知識は、ファイナンシャル・プランナーなどに相談しながら身につけていくのがおすすめです。


またほけんROOMでは、保険に関する記事が掲載されているので是非参考にしてください。

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