Section1 ベンチャー投資の魅力や社会的意義とは?
佐々木氏はこれまで、数々のベンチャー企業でIPO(新規株式公開)まで経験したキャリアの持ち主。ベンチャー企業やスタートアップ企業の社外役員として、経営マネジメントの助言や支援を行ってきています。
「これまで株式会社プロパスト(東証ジャスダック)、セールスプロモーション雑貨の株式会社トランザクション(東証一部)、Webマーケティング支援の株式会社ショーケース(東証一部)、直近では建設テックで初のIPOを果たしたスパイダープラス(東証マザーズ)の4社でIPO(新規株式公開)を経験しました。
社外から上場支援を経験した人は多くいますが、CFOや経営企画室長または社外役員として在任中に4社のIPOを経験した人はあまりいないと思います」
そんな佐々木氏に「ベンチャー投資の魅力」をうかがってみると、まずは「投資した資金が何十倍、何百倍となってリターンする可能性」という回答が返ってきました。
「投資したベンチャー企業が成長し、IPOやM&A(買収・合併)が実現すれば、株式を売却して大きなキャピタルゲインを得ることができます。
例えば、日本でも人気のオンラインデリバリーフードサービス「ウーバーイーツ(UberEats)」を提供している米Uber社が上場した際、同社に投資していた国内通信大手ソフトバンクは1年で約3,000億円の利益を獲得したとの報道もありました」
投資した企業の価値が大きく上がることは、投資家であれば誰しも夢見ることでしょう。そういった夢を実現させるべく、ベンチャー投資を考えている人もいるのではないでしょうか。
しかし佐々木氏は、決してそれが魅力のすべてではないと言います。
「もう一つの魅力は投資で得たリターンを違うところに投資して資金循環のエコシステムを生み、経済発展に貢献できるところです。
ベンチャー企業は世の中の役に立つ事業や革新的なアイデアを持っていても、その事業の不透明さから民間金融機関から融資を受けるのは簡単ではありません。
ベンチャー投資は、そうした社会課題の解決や技術発展に取り組む起業家や企業を後押しするきっかけともなります。創業間もない会社に投資する個人投資家は『エンジェル投資家』とも呼ばれています」

1997年に、政府はベンチャー企業へ投資を促進するため、「エンジェル税制」という税制上の優遇措置を設けました。
エンジェル税制とは「ベンチャー企業への投資を促進するためにベンチャー企業へ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う制度」のこと。
投資時点や売却時点で税制上の優遇措置が受けられ、売却時に損失が発生した場合には他の株式譲渡益と相殺することも可能です。
なぜこのような優遇措置が設けられているのかというと「ベンチャー投資は失敗しやすい」からに他なりません。
「実は、ベンチャー投資のほとんどは失敗します。みんな失敗のリスクがあるから投資しないわけですが『失敗しても他で得た譲渡益と相殺できますよ』という制度を導入して投資をどんどん促そうというのが、エンジェル税制の狙いです。
ベンチャー企業は資金に限らずさまざまなリソースが不足していますから、投資家が持つ経営ノウハウやビジネススキル、取引先などの人脈が成長の鍵となります。
自ら積極的にベンチャー企業の成長を促進させたい、応援したいという方に向いている制度ですね」
Section2 株式市場におけるベンチャー投資の方法とメリット・デメリット
ベンチャー企業に投資する意味(メリット・デメリット)について、もう少し詳しくうかがってみました。
「ベンチャー投資という区分からすると、東証マザーズ、東証ジャスダック、名証セントレックス、福証Qボード、札証アンビシャスがあります。
2022年4月に、現在の市場区分(東証1部、東証2部、マザーズ、JASDAQ)は『プライム市場』、『スタンダード市場』、『グロース市場』の3つに再編され、マザーズとジャスダックはグロース市場へ統合される予定です。[森英信1]
マザーズ、ジャスダックなどの市場でベンチャーに投資するメリットとしては、上場株は市場で売買されているのでいつでも換金できること。また、成長すれば元本が数十倍に膨らむ可能性があるところです。
未上場株だと投資家は限定されており、相対取引であり短期的に急激に株価が上がるとは考えにくいですが、不特定多数の投資家が参加し、ニュースや景気動向によって変動する上場株は投資メリットが得られやすいことが特徴です。また四半期決算のほかプレスリリースなど開示情報が豊富にあるため投資判断がしやすいところもメリットでしょう」
逆にデメリット(リスク)としては「上場しているとはいえ、規模も小さくビジネスモデルも発展途上」であることが挙げられるとのこと。
「ベンチャー企業は、上場してさまざまなステークホルダーの目にさらされるようになると、ガバナンスや内部統制の不備が露呈して会社の存続や株価の暴落につながるリスクがあります。
ほかにも、上場までは成長できたものの、上場後にビジネスが急速にシュリンクしたり、新たに取り組んだビジネスがうまく軌道に乗らないで失敗する、または軌道に乗っても一過性で終わり成長がすぐさま鈍化するというリスクもあります。
トヨタやソニー、ホンダの株価が急速に10分の1になるとは考えにくいですが、ベンチャー企業の株は相場が良い時や、業績がたまたまよく株価が上がった時に高値づかみしてしまうと、10分の1、20分の1、またはそれ以下に下落することもあり得ます。
大手企業と違ってベンチャーの株価は振れ幅が大きいため、その分リスクが高くなっています」
株価市場は、まれに思惑が思惑を呼んで暴騰することがあります。全く実態をともなわないにも関わらず、市場の勝手な想像で株価が急騰したことも過去には起こっています。
多くの人はニュースが出て暴騰したところを買ってしまいがちで、このピーク時に買ってしまうことを、俗に「高値づかみ」といいます。
佐々木氏は「こういう場合は、何かあるだろうと慎重に考えた方がいいですね。もし、持っていた株が暴騰した場合は、逆に売り時かもしれません」とアドバイスしてくれました。
いずれにせよ、このような「株価の振れ幅の大きさ」がベンチャー投資のデメリットといえます。
Section3 ベンチャー投資する時は、企業に自信があるかどうかを見極める
ではいったい、どうしたら市場の噂に流されずにいられるのでしょうか。投資する時、企業のどういうポイントを見ればいいのかうかがってみました。
「私の場合は、企業が出している決算説明資料や、週刊東洋経済、ダイヤモンドなど情報誌を参考にすることが多いです。
あるとき、経営危機の可能性があったIT系ベンチャー企業の創業者が、経営を若い後人に譲って、ゲーム事業に乗り出すと述べている記事を見ました。
当時、その社長はまだ30代後半と十分に若く、過去に大成功した経験もあります。普通の経営者は自分で挽回することに固執しがちですが、その社長は会長に退いて新しく招いた社長に新事業を任せることにしたのです。
社長交代は何か不祥事があった時に起こるのが通例ですが、この社長は自身の限界をきちんと認識して別の有能な人に任せたのです。私はこの記事を読んで、きっと伸びるにちがいないと思い投資したところ、それなりのリターンを得ることができました」
つまり、株式投資をするならビジネス関係の情報を集めたり、企業決算を詳しく調べたりした方が良いということ。基本中の基本かもしれませんが、やはりこれを忠実にやることが大切といえるでしょう。
ちなみに佐々木氏は「経営者がリスクや課題をきちんと認識して、その対策を考えているかどうか」を重視しているとのこと。
「基本的に社長は大風呂敷を広げて、バラ色のことを言いがちです。
それでも投資家に突っ込まれる前に『こういうリスクもありますし、こういう課題もありますが、このような手を打っています』と社長が的確に理路整然と説明できると、その会社の株は伸びるのではないかと思っています。
例えば、フォーマットが決まっている決算短信や財務諸表は決まった情報しか出てきませんが、SaaS企業の決算の場合、説明会資料を見ると月額利用料の増減数とか、契約維持率の推移などデータが出ている場合があります。
きちんとしたデータは、本物の自信による裏付けがないと出てできません。
データは継続性が大事なので、良い時だけ出して、悪い時は隠すということができないからです。実際に都合が悪くなるといけないからと隠している企業もあります。それをあえて出すということは“自信の表れ”として評価していいと思います」

データの内容に関しては「必ずしも業績が伸びている必要はない」といいます。
「業績は良いときもあれば悪いときもあります。どんなときでも必ず投資家から聞かれることですから、聞かれる前に堂々と答えた方がいいのです。
自信がある会社は業績が悪くても勝算が分かっているということなので、いずれ回復するでしょう」
投資判断するためのさまざまな指標についても、そこまで重要視しなくてもいいとか
「PERやPBR、PSRといった指標は一つの判断材料ですが、ベンチャー企業の場合はそもそも赤字予想の会社が多く、あまり気にしても仕方がありません。また、ROE、ROAなどの経営指標も投資フェーズであるため、重要な指標とは言い難いです。
先ほども述べたように、会社が出すKPIが順調に伸びているか、トップラインが大きな伸びを示しているか、事業の成長性やリテンション率などを見る必要があります。
特に複数事業がある場合は全体で成長しているとしても、コアとなる事業セグメントが伸びているかどうか注意深く見なければなりません。コアビジネス以外で成長性を見せようとしている会社もあるので、持続的成長が可能であるかどうかをしっかりと見極めましょう」
Section4 ベンチャー投資で大切な「応援したい気持ち」と「得意分野」
ちなみにベンチャー投資には、株式市場で取引する以外にも投資する方法があります。ただ、投資家にとって簡単ではない場合が多く、例えば以下の2つの方法はハードルが高いといえるでしょう。
「まず1つ目として、自分でベンチャー企業やスタートアップ企業を探し、直接、投資を持ちかける方法があります。
起業家や経営者ネットワークにおいては盛んに行われていて、中にはエンジェル投資家として名を馳せて自身の人脈を活かして投資企業を見つける人もいます。とはいえ、一般的な個人投資家には現実的ではないかもしれません。
また2つ目として、ベンチャーキャピタルを経由する方法もあります。
ベンチャーキャピタルは、ベンチャー投資のためのファンド組成・運営を専門に行っている会社です。投資のプロであるため、ベンチャーキャピタルの投資先はそれだけ成功の可能性が高いといえるでしょう。
しかし、ベンチャーキャピタルが募集するファンドは、最低投資資金額が非常に高く設定されていることも少なくありません。また、個人では投資に参加できないことも多くあるのが現実です」
こういったお話を聞いていると「個人投資家にはベンチャー投資はできなさそうだ」という思いがしてきますが、佐々木氏は3つ目として、比較的ハードルの低い方法があることも教えてくれました。
「株式投資型クラウドファンディングは誰でも投資できる仕組みです。クラウドファンディングは、個人投資家がリターンとして非上場企業の株式を取得できる仕組みです。
海外ではすでに始まっていたものの、日本では2017年以降にようやくスタートしました。有名なクラウドファンディングにファンディーノ、ユニコーンがありますが、企業が資金調達するプラットフォームを用意し、そこで株式を購入してくれる投資家を募集します。
投資家は出資比率にしたがって、その企業の株式を手に入れることができるというものです。5万円~10万円と比較的手軽に始められるので、学生や20~30代の若い方に向いている投資方法ですね。
メリットとしては、少ない投資額で始められるところと、未上場ベンチャー企業の少ない株主なので経営に対して直接意見しやすいところです。デメリットは、資金が全く回収できない可能性もあるところです。回収できても相当に長い時間はかかる覚悟が必要です。上場株に比べたら投資判断の情報も少ないです」
クラウドファンディング投資する企業を判断するポイントは「応援したいかどうか」。投資というよりは、その会社を応援する意味で寄附金を払って「何か当たったらラッキー」くらいのイメージでいるのが良いそうです。「一発当ててやろう」「儲けてやろう」と、一攫千金のギャンブルのような思考は止めた方がいいでしょう。
「経営トップの事業にかける思いや熱量はどうか、なぜこの事業をやるのか、経営マネジメンチームがしっかりしているか、など会社としての強みやバックボーンに一貫性があるかどうかが見極めどころです。ニッチな市場でもいいですが、市場を早期に獲得できる技術力、営業力、マーケティング力、競争優位性があるのかなどで判断します」
Section5 投資家の本来の意義は、得たリターンを還元して経済発展に貢献すること
インタビューの最後に「私たちはベンチャー投資を通して何を学んでいったらいいのか」をうかがいました。
「日本では『投資はいかがわしい』とか、儲けることに対してメガティブな印象を持つ人もいます。しかし、いいものを提供して、価値を生み出し、それで利益を出して儲けることは悪いことでも何でもありません。投資家は企業価値に投資することによって、会社を応援し、支援する存在なのです。
株主として経営に参画して企業が継続的に成長できるようにサポートしていくことは、投資家の大切な役割の一つです。リターンを得られるようになるためには自分自身が経営をサポートできる知識や経験、ノウハウを身に付ける切磋琢磨が必要です。得たリターンはまた別の投資につながり、新たな起業家を産むというエコシステムを作ります。
今、日本経済は新しいビジネスがなかなか出てこないという大きな課題を抱えていますから、ベンチャー企業を生み出すエコシステムの構築は社会貢献にもつながります。『経営とは何か?利益を生むとはどういうことか?』という、資本主義の本質を理解してほしいですね」

今回のインタビューは「ベンチャー投資」をテーマとしてお話をうかがいました。ベンチャー投資に興味のある人の中には「これから急成長する企業を見つけだして、大きく儲けたい」といった夢を持っている人もいることでしょう。
しかし、意識するべきは「どうしたら儲かるか?」といったテクニック論ではなく、「応援したい」という気持ち。そんな本質的な部分が非常に大切だと佐々木氏は力説します。
「この人を応援したいという純粋な気持ちを持ちながら、自分の目でしっかり見極めて投資してもらいたいです。『財務諸表を見たら』とか、そんなテクニカルな話ばかりしても仕方ありませんし、テクニック論はベンチャー投資に限るとあまり通用しないです。
テクニックはそう簡単ではない話ですし、当たったとしても継続しないか、結局、大儲けしても損失で終わってしまう恐れがあります。
自分が分かっている、応援したくなるものこそ成功確率が高まり、再現性や継続性アップにもつながります。株主は一応経営に参画しているわけですので、何か自分もアドバイスできないかと考えていくうちに、自分自身の成長が感じられる日がきっと来るでしょう」
ベンチャー投資を含め、あらゆる投資において大切な考え方といえるでしょう。佐々木氏のアドバイスを意識しつつ、末永く投資ライフを送りたいものです。
取材:森英信