Section1 最適な量的緩和の縮小タイミングがわかる?リスク回避度推定の研究
兵庫大学で教鞭を取る橋本先生は、証券市場における投資家行動と価格形成の関係を分析する「マーケット・マイクロストラクチャー」という領域で研究を行っています。
特に「トレーダーのリスク回避度の推定」を現在の研究対象にされていますが、これはどのような内容なのでしょうか?
「株式市場では個人投資家や機関投資家など、さまざまなリスク許容度を持ったトレーダーが株式取引をしています。株式市場では流動性を供給するトレーダー、つまり迅速な売買を求めるトレーダーに対応する投資家が株価形成に大きな影響を与えることがわかっています。
そこで、株式銘柄ごとに流動性を供給するトレーダーのリスク許容度の程度を株価から推定するモデルを構築し、モデルが実際の金融市場に適用可能か、金融市場で起こったイベント前後の株価データを用いて確認しています」
この研究を応用すると、株式市場で起こるさまざまなイベントが株式市場に流動性を供給しているトレーダーのリスク許容度に与える影響について、株式銘柄ごとに明らかにできます。
その結果、日本銀行が将来行う『異次元の量的緩和の縮小(テーパリング)』が株式市場のリスクを高めないこと、すなわち日本銀行が行うべきテーパリングのより良い方法・タイミングを明らかにできる可能性もあるそうです。近い将来、この研究結果が話題になるかもしれません。
Section2 投資先は「期待リターン」と「リスク」から決める
そもそも株式投資における「リスク」とは、どのような概念なのでしょうか?基本的な考え方を先生に伺いました。
「どの株式へ投資しようか考えるとき、私たちはまず投資先候補である株式の過去の収益率について『期待リターン』と『リスク』を求め、それらを比較して投資先を決定します。
まず収益率の期待リターンとは、過去の収益率の平均値のこと。この株式に期待できるだいたいの収益率を意味します。一方で、過去の収益率がすべて期待リターンと一致していることはありえません。期待以上の収益率を得られることもあれば、期待以下の収益率しか得られないこともあります。
収益率のリスクとは、先述したように過去の収益率が期待リターンからどの程度乖離しているかを示したものです。つまり過去の収益率の標準偏差のことです。
たとえば年利0.001%で円定期預金を提供する金融機関に100万円預けた場合、金融機関が倒産しても元本1,000万円まで預金保険機構によって保護されるため、期待リターンは0.001%、リスクは0%になります」
では他の金融商品の例を見てみましょう。次の図表の青い棒グラフは、日本の株式市場で代表的な株価指数の1つである「TOPIX」について、過去5年間の月次収益率を表したものです。

※縦軸=月次収益率、横軸=時間。赤い線はその期間におけるTOPIXの月次収益率の期待リターンを表す
「図表の黄色い線①は『期待値+標準偏差』を,黄色い線②は『期待値‐標準偏差』を表しています。この図表を見ると、過去5年間のTOPIXの月次収益率は、その多くが「-5.0%から+5.0%」の範囲で推移しているということがわかります。したがってTOPIXの月次収益率は、この範囲で将来も推移するであろうと投資家は予想します。
またこの図表から標準偏差、すなわちリスクのみ上昇したとすると、黄色い線①が上方へ,黄色い線②が下方へ,それぞれシフトすることがわかります。したがって,2本の黄色い線で挟まれた範囲が広がることがわかりますよね。これは投資家が予想する月次収益率の上昇・下落の変動幅がリスクの上昇で大きくなることを意味しています。
過度なリスクをとると、投資家は過度な収益率のプラス・マイナスを予想しなければならず、確かな将来の人生プランが考えにくくなります。よって投資家は過度なリスクを避けるため、さまざまな投資手法を用いてリスクを調整します。」
では株式投資を行う上で、投資初心者が知っておくべき「リスク」にはどのような種類があるのでしょうか。先生が挙げたのは、次の4つでした。ぜひ知っておきましょう。
(1)価格変動リスク:日本だけでなく世界各国の景気や経済の動向、株式を発行している企業の業績などのさまざまな要因で、株式価格が上昇・下落すること
(2)流動性リスク:株式市場で株式を買いたい・売りたいときに、買う・売ることが迅速にできない、また希望する価格で株式を売買できないこと
(3)信用リスク:株式を発行している企業が、経営不振などを理由で倒産する可能性があること
(4)為替リスク:外国株式に投資した場合、円と外国の為替相場の動きにより、外貨建ての円換算による株式の価値が変動すること
Section3 リスクを避けるなら「銘柄分散」が鉄則!
ではこうしたリスクを回避するために、投資家が取るべき行動とは何でしょうか。基本的な考え方を橋本先生に教えていただきました。
「リスクを回避する方法の一つは,投資資金をできるだけ複数の銘柄に振り分ける『銘柄分散』です。以下のストーリーを読むとわかりやすいかもしれません。
お腹がとても減っているあなたは、お昼ご飯を買うために何も調べずに初めてのお弁当屋さんに来店しました。お店のメニューを見るとすべてが美味しそうです。揚げ物が好きな人は唐揚げ弁当やとんかつ弁当、和食が好きな人は鮭弁当を注文するのではないでしょうか。
ただ事前にお店に関する情報がないため、そのお弁当屋さんのおすすめの弁当はわかりません。もしかするとから揚げ弁当はあまり美味しくなく、鮭弁当がとても美味しいかもしれません。この場合、何弁当を注文すればよいのでしょうか。
答えは、揚げ物から和食までいろいろなおかずが少しずつ入っている幕の内弁当です。なぜなら、その街でお弁当屋さんを続けられているということは,何か美味しいおかずがあるはずだからです。
このストーリーのおかずが『株式の銘柄』、さまざまなおかずが入っている幕の内弁当が『銘柄分散した投資』を意味します。したがって、ひとつのおかずだけが入っているお弁当よりもさまざまなおかずが入っているお弁当を食べるほうが、満足・不満足のリスクを小さくすることができます。すなわち投資資金を1つの銘柄にすべて投資するのではなく、複数の銘柄に投資することで直面するリスクを小さくできるのです」
非常にわかりやすいこのたとえ話ですが、お弁当屋さんの情報を事前に調べていないと仮定していました。しかし実際には、インターネットを駆使してお店の口コミを調べてから来店される方も多いでしょう。株式投資でも同じく、投資先の企業情報をInvestor Relations(通称、IR)から入手して、それを分析することでもリスクを小さくすることができます。
では個人で銘柄分散・企業情報の分析を行うデメリットは何でしょうか?
「銘柄分散は多額の資金、企業情報の分析は多くの時間がそれぞれ必要です。初めて投資をする場合、これらのデメリットを解消してくれる『投資信託』、特に流動性リスクを考慮すると『上場投資信託(通称、ETF)』がおすすめです」
投資信託とは投資家から集めた資金をひとつの大きな資金としてまとめ、運用の専門家が株式や債券などさまざまな金融商品に投資・運用する商品です。運用を専門家に依頼するので、信託報酬などの費用がかかります。しかし近年は、NISAやつみたてNISA、そしてiDeCoという制度があり、節税や費用削減が可能である、と橋本先生。
そのほかにリスクを小さくする方法は,ある程度長い時間をかけて一定の金額を複数回に分けて定期的に株式を購入する「ドル・コスト平均法」です。この方法を用いると、株価が低いときは株式の購入量が多くなり,価格が高いときは購入量が少なくなります。いわゆる「高値づかみ」で株式を購入してしまうのを避けることができます。
「たとえば、ある金融資産に2011年1月から2021年8月まで投資したとします。このときの投資方法を以下2つのケースで計算してみましょう。
- ケース1:投資金額128万円をすべて1回目に一括投資する
- ケース2:投資金額128万円を毎月1万円ずつ128回に分けて投資する(ドル・コスト平均法)

上の図表の赤い破線は、1回目に一括で投資した元本(128万円)を、青い実線は一括で投資した株式の時価評価額を表します。図表から1回目に投資資金を一括で投資した場合、最初の方は株式の価格変動の影響で元本割れを起こしているのがわかりますね。
次の図表はケース2の、投資元本の128万円を1万円ずつ128回に分けて投資した、ドル・コスト平均法を表しています」

「図表の赤い破線は1万円ずつ積み立てた投資元本、青い実線はドル・コスト平均法で積み立てた株式の時価評価です。1回目に一括投資をした場合と異なり、積み立てた株式の時価評価はほぼ全期間で積み立てた元本以上になっています。すなわちドル・コスト平均法は、株式の価格変動リスクの影響を小さくすることがわかります。
また為替リスクについては、金融機関が提供している為替予約を用いることでそのリスクを回避することができます」
Section4 余裕資金で長期目線の投資を
リスク以外に投資初心者が気をつけるべきこと、知っておくべき内容はあるのでしょうか?橋本先生から次のようなアドバイスをいただきました。
「先ほど述べたように、株式投資にはさまざまなリスクがあります。投資を行うときにはリスク以外に気をつけることを、価格変動リスクを例に考えてみましょう。
たとえば全財産を株式へ投資した場合、株価が上昇・下落するリスクで財産の時価評価額も変動するため、必要なときに必要な財産がなくなってしまう場合があります。もしそのときに何らかの理由で無収入や予期せぬ病気になり、多額の資金が必要になったときは大変です。
したがって株式投資をする場合、その資金は余裕資金で行いましょう。具体的には、病気など予期せぬ出費があったり無収入になったりしても、食費や居住・光熱費、子どもの基本的な教育費など日常生活が数ヶ月送れるような資金は確保しておくこと。それ以外のお金を株式投資に使いましょう。
また残念ながら私たちは、将来の経済動向について正確に読むことはできません。したがって、ドル・コスト平均法で見たように株価の価格変動リスクの影響を小さくするために長期投資をすることが大切です。短期的な視点で株価が上昇・下落することで一喜一憂するのではなく、長期的な視点で投資資産を育ててください」
経済的なピンチが訪れても数ヶ月は生活できるような貯蓄を確保した上で、株式投資をすること、そして長期目線で分散投資を行うこと。以上を守って投資を楽しむとよさそうですね。橋本先生、ありがとうございました。
執筆:金指 歩