個人投資家が知っておきたい「財務分析の基礎」

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お話をうかがった人

監修者

愛知学院大学 教授

西海 学

横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期修了、博士(経営学)。福井工業大学工学部専任講師、 University of Victoria Visiting Scholarなどを経て、愛知学院大学経営学部教授。主な研究分野は、財務分析や財務会計の経済分析。

株式投資に取り組んでいると、上場企業の「決算書」や「決算短信」などを見る機会が増加します。しかしこれらの書類の内容は、投資初心者にとっては難しく、読み慣れるのに時間がかかりがちです。

そこで専門家の先生に、上場企業の決算書類には何が書いてあるのか、どのような内容を理解したらいいのかをレクチャーしていただきました!ぜひ投資銘柄の分析や、銘柄選定に役立ててください。

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Section1 財務分析によって、企業を深く知る

今回お話をうかがったのは、愛知学院大学の西海悟先生です。西海先生は主に財務分析や財務会計に関して研究されており、特に「会計情報が情報の非対称性の解消に有用か」という点に着目されているそうです。

そんな西海先生にまず、そもそも「企業の財務分析」とはどのような分析を行うことなのか、解説いただきました。

「企業の財務分析とは、企業が公表する財務情報を用いて、主にその企業の収益性や、経営・生産の効率性、財務安全性の視点から行う分析です。

分析を行う目的は、企業の現状を適切に把握するため。具体的には、その企業のデータや分析指標を時系列的に比較します。

そしてこの先どう成長・縮小していくのかという成長性の視点や、競合他社等との企業間比較の視点からの複数のアプローチによって、その企業の現時点での市場・業界におけるポジションを把握していくのです」

財務情報を分析することで、企業の現在、そして未来の姿を描いていくのですね。

この「企業の財務分析」を投資行動に活かすと、どのようなメリットがあるのでしょうか。

「財務分析により、決算時点における企業の現状、いわば『企業のファンダメンタル(経済状態)』を知ることが可能です。

また企業間比較により、企業の市場おけるポジションや、その市場での企業の特性を掴むことができます。これらは企業の本源的価値を測る上での基礎になる、重要な材料です。

よって企業の財務分析を行うことで、個人投資家が投資をするに当たっての判断基準を深く理解し、その内容を『自分のもの』にできるのがメリットです」

Section2 財務分析で最低限確認するポイントは?

財務分析する際にまず確認するのが、その企業の決算書や決算短信です。この資料は財務分析の「はじめの一歩」ながら、初心者はなかなかの難関に感じることも多いと思います。

この決算書や決算短信には、「損益計算書」と「貸借対照表」が記載されています。

損益計算書(Profit & Loss account。『P/L』ともいう)は、企業の損益を計算したもので、企業の業績の状況を判断できるのが特徴です。

貸借対照表(Balance sheet。『B/S』ともいう)は、企業の資産と負債のバランスをまとめた表で、企業の財務状況を判断できるようになっています。

この損益計算書と貸借対照表を読む上で、最低限見ておくべき項目は何でしょうか?

「まず損益計算書では、3つのポイントを見ていただきたいと思います。

1つ目は、売上高における時系列の変化です。売上高の推移を見ることで、企業の営業活動の傾向を大まかに捉えることができます。

一般的に、成熟企業であれば売上高が安定的に推移するでしょうし、市場が拡大しているビジネスなら、売上は増加傾向にあるだろうと考えられます。一方、売上水準が低減してきている企業は、将来においても収益性の低下が予測されますので、注意が必要だと言えるでしょう。

2つ目は、営業利益の水準です。売上高や営業利益率を競合他社や業種平均と比べると、本業での収益性のレベルが把握できます。

3つ目は、営業活動からのキャッシュフロー(CFO)です。営業利益や純利益と比べて著しく少なくないかをチェックしましょう。

会計での利益計算は、現金収支ではなく発生ベースで捉えているため、利益とキャッシュフローには時差があります。そのため一時的に、利益よりもキャッシュフローがかなり少なかったり、キャッシュフローがマイナスになることがあります。

もしキャッシュフローの悪い状況が連続して発生したり、頻繁に生じたりする場合、経営活動になんらかの問題を抱えている可能性が高いと言えます」

では貸借対照表では、最低限どのような項目をチェックすればいいのでしょうか。先生は2つのポイントを挙げて説明されました。

「1つ目は、売上債権の変化に問題がないか。売上債権とは『売掛金』や『受取手形』など、商品やサービスを先に提供し、後から代金を受け取る場合に発生する未収代金のことです。

この売上債権が急増している場合、『架空売上』といった、会計不正の可能性があります。

2つ目は、利益剰余金の変動です。会計利益計算には『投資の回収計算』の機能があるため、利益は回収余剰になります。そのうち一部が株主へ配当されるなどして、残りが企業に留保され、再投資されます。

この企業に留保された『回収余剰』は、利益か利益剰余金ですので、通常は次第に増加しているはずです。利益剰余金が順調な増加傾向にあるかどうかは、将来の経営活動の状況を判断するために役立ちます」

これから財務分析を始めるなら、まずはこの計5つの項目から確認してみるといいでしょう。

Section3 わかりやすいIR・要注意のIR

企業の財務情報やニュースリリースなどは、各企業の公式サイトにある「IR情報」「IR資料」というWebページにまとめられています。

企業によっては、このIR情報にもさまざまな工夫が施されているそうです。投資初心者でも確認しやすいIR資料を掲示している企業を、先生に教えていただきました。

「ゲーム会社の株式会社カプコン【9697】のIR情報は、ある意味“ゲーム感覚”でアクセスできるような気軽さがあります。IR情報を公開する媒体選びも工夫されており、財務情報初心者にも考慮している印象ですね。

Webサイト自体には特段新しさは感じませんが、情報内容は充実しており、初心者が手始めに見るのにわかりやすくて良いと思います」

一方で、IR情報が見にくい企業もありますが、特に投資銘柄として注意した方がいいケースはあるのでしょうか?

「以前上場していたある企業は数年間、毎年売上は毎期20%を超える増収、営業利益、EPSも毎期10数%の増益を達成。資産総額や純資産、利益剰余金も20%程度の年成長を果たしており、経営面・企業規模面でも順調な高成長をしているように見えました。

しかしこの企業の『営業活動によるキャッシュフロー』は毎期連続でマイナスで、資産総額が成長しているわりには、『投資活動によるキャッシュフロー』が同業他社の1/3程度とかなり少ない状況でした。

また、資産総額の増加の多くは売上債権で占められており、財務分析をやり慣れた者にとっては疑念を持たざるを得ない数値の動きだったんです。とはいえ、主要な数字だけを見ると優良企業に見えてしまったので、株価も毎期20%前後上昇していました。

しかし結果的に、この企業は事実上破綻していまいます。一部の投資家は大きな被害を被りました」

事実上の破綻によって問題が発覚するまで、株価は堅調に推移していたそう。財務分析をせずに投資を続けていると、こうした恐ろしい銘柄に投資してしまうのかもしれません。

Section4 ファンダメンタルズ分析のよくある「落とし穴」

財務分析に近しい投資対象の分析方法が、「ファンダメンタルズ分析」です。このファンダメンタルズ分析でよく見られる、代表的な指標にPERやPBR、ROEがあります。

※PER、PBR、ROEなどファンダメンタルズ分析の基本的な解説はこちらから

ファンダメンタルズ分析を行う際のコツは何でしょうか?先生の見解を聞かせていただきました。

「PERやPBR、ROEは投資の判断材料ではありますが、当然のことながら絶対的なものではありません。

PERなどがなぜ高いのか、なぜ低いのかの原因を知らずに、低PER・低PBR・高ROEだから投資すべきだと、短絡的に判断する事は危険です。そのまま投資をすれば、情報を十分に分析できる投資家の餌食になってしまうでしょう」

またファンダメンタルズ分析と並んで代表的な銘柄分析手法が、「テクニカル分析」です。株価チャートを読んで銘柄分析する際のポイントは何でしょうか。

「日々の『値動き』という情報は、市場参加者がどのような投資判断を行なっているかということを予測するためのものと言えます。

値動きが絶対的な情報ではないですが、市場の動向を知るためには役に立つ情報と言えます。これは短期的な投資、いわゆる投機目的であっても同じです」

では投資初心者がファンダメンタルズ分析に挑戦する際、どのような「落とし穴」に注意すればいいのか。詳しく教えていただきました。

「よくWebサイトなどで『高ROEの企業、低PER・低PBRの企業が投資対象として良い』などと書かれていますが、株式分析はそんなに単純なものではありません。

ROEは、自己資本と当期純利益の比率を示します。自己資本比率が低い企業は、当期純利益の水準が低くても高ROEになることがあるため、判断を誤る可能性があります。

より正確に分析するためには、同業種の他社と比較して、売上高当期純利益率やROAが低位でないことを確認しておきましょう」

PERやPBRが低い銘柄は、投資に向いていると言われます。しかしながら例外もあるはず。注意すべき銘柄はどこで判断すればいいのでしょうか?

「財務分析によって企業の財務状況が健全だと判断できる企業であれば、予想外に低PER、低PBRだったとしても一時的なものと考えられ、『買い』と判断できます。

しかし財務状況が健全でなければ、低PER、低PBRとなるのは妥当であり、『買いとはいえない』でしょう。もし収益性や安全性にリスクがある場合は、むしろ投資対象としては危険だと言えます」

ということは、高PER、高PBRな銘柄でも『買い』の銘柄があるのでしょうか。

「高PER、高PBRな企業でも、将来の業績などに関するリスクが低く、安定的であると判断されれば、中長期投資に最適だと言える場合もあります。

また高PER、高PBRでも、市場の評価がまだ低評価であることもあります。その場合は良い投資対象と言えるでしょう。そのため、財務分析で企業の現状・財務状態を明らかにしておく必要がありますね」

ファンダメンタルズ分析の数値だけでなく、企業の財務分析も把握することで、より正確な銘柄分析ができるのですね。よくある「落とし穴」に注意しながら、株式投資を楽しんでいきましょう。

執筆:金指 歩

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