Section1 ディープラーニングなどの機械学習手法の利活用により分析の精度が向上
慶應義塾大学の経営管理研究科で教鞭を取る高橋大志先生は、理工系学部のご出身。メーカーの研究員から信託銀行のリサーチャーに活動の場を移して、その後大学に。金融分野に入って早25年近くほどが経つそうです。
機関投資家時代は、経済統計に関するデータや財務データ、株式や債券のデータなどさまざまな数値データを元に、一般的な統計や最適化の手法などを用いて、主に金融資産および企業の評価や資産運用に関する金融商品の設計などを行っていました。
機関投資家にて取り組んだ分析は、公開できないものがほとんどでしたが、コンピュータシミュレーションや株価指数を用いた分析など一部の分析は対外向けに論文として発表することもあったそうです。
近年、金融サービスや資産運用で存在感を増しているAIには、どのような種類があるのでしょうか?
「一口に『AI』といっても、何を指すかは人や場合によってさまざまです。例えば、『取引の自動化プログラム』という意味では、以前から存在していた印象があります。AI技術全般に、最近はその利活用が加速している印象がありますね。
その理由のひとつは、ディープラーニングなど情報技術の進展を背景とした分析精度の向上が挙げられます。例えば、テキスト分析は、以前あまり活用されてこなかったのですが、こちらも格段に精度が上がり、今では広く一般的に用いられるようになっている印象があります。
こうしたAI技術の使い方はサービスによって異なり、メインエンジンとして使っているものもあれば、意思決定のサポートとして使っているサービスもあるのではないでしょうか」
機関投資家が提供する投資信託は大きく分けて、高いリターンの獲得を目指す「アクティブファンド」と、TOPIXや日経225などの指数に沿った値動きを目指す「パッシブファンド」が存在します。また、近年では、「ロボアドバイザー」と呼ばれる金融サービスなども登場しています。
「アクティブファンドは、あらゆる情報の分析を通じ、優れたパフォーマンスを達成するために投資のポジションを組み、パッシブファンドは、指標とする指数と連動するように銘柄を選択。ファンドの目的や特性などに応じ、必要とされる手法もさまざまといった印象があります。
また、複数の投資信託やETFを組み合わせてポートフォリオを構築する「ロボアドバイザー」などでも、従来の統計手法や最適化手法に加え、AIや情報技術の活躍できる場面は数多くありそうです」
Section2 他業界での活用実績などを背景に、金融業界でも市民権を得つつあるAI
近年幅広い分野において利活用が進んでいるディープラーニングなどの機械学習。こうしたAI技術が用いられるようになってきた背景、株式投資に活用するメリットは何でしょうか。
「AI技術の飛躍的な進展と並行して、分析環境の改善も進み、多くの分析者がAI技術を比較的簡単に利用できるようになりました。最先端のアルゴリズムへのアクセスもしやすくなり、GPU計算で多くの計算量を必要する課題に取り組めるようになってきています。
このような分析環境の改善などの後押しもあり、今まで取り扱いが困難であったデータも分析でき、そのデータから有効な情報を取れるようになった点は大きなメリットの一つに挙げられるかと思います」
また他業界でのAI活用の成功事例が積み重なった結果、金融分野にも意識の変化が生まれたそう。
「金融分野では、従来より統計、最適化などの分析手法が広く用いられていますが、つい5〜6年前までは、AIや機械学習の利活用は、現状と比較すると限定的でした。
他業界でディープラーニングなどのAI技術の活用が進み、成果を出すようになった結果、金融業界においても、機械学習などの利活用を積極的に検討するという方向に変化してきている印象があります。
社会全体のAIの利活用への取り組みの影響が、金融サービスにも表れていますが、今後資産運用分野においてそれら技術が定着してゆくのか、一過性のものとなるのか、今後の取り組みの成果にかかってくる印象があります」
一方で、AIを活用する課題はあるのでしょうか。
「多くの取り組みと並行して、改めて数多くの課題が認識されるようになってきています。よく課題として挙げられるのは、AIのプログラムは複雑なため、分析過程が『ブラックボックス化』してしまい、なぜその結果が出たのかが説明できない点です。
例えば、その運用商品を保有しているお客様に、どうしてこのような運用結果になったのかが説明できないと、実務では使いにくいのではないかといった課題です。
AIが利用される場面は商品やサービスにもよりますが、お客様へ金融商品を勧める際や投資の意思決定を行うときなど、何か重要な意思決定をするときには、『なぜそうなったか』の理由がわかるようにできるかどうかは、今後のAI技術の普及に大きな影響を与える可能性があります」
Section3 AIが普及した際に起こるかもしれない「投資行動の問題点」
個人投資家が投資信託や株式を運用する場合、AIによる運用に勝てるのでしょうか?先生の見解をうかがいました。
「例えばある銘柄に関するニュースが発表されたとき、人間よりもテキスト分析に長けているAIの方が早く反応して取引ができるケースはあります。こうした反射的なスピードに関しては機械の方に優位性はありそうです。
また極端なケースですが、情報処理技術の普及などを背景として全ての投資家が、利用可能な情報を正しく評価するようになると結局、どの投資家も同じ投資パフォーマンスとなってしまうかもしれません。このような状況では、特定の投資家が優れたパフォーマンスを獲得するのは、困難かもしれません。
各運用会社のAIプログラムのモデルに類似性があると、同じ情報に対して似たようなリアクションをするはず。そうなると、マーケットに対して大きな影響が出る可能性もありそうです」
もし複数のAIがまったく同じ反応をする場合、金融業界独特の問題点が浮かび上がってきます。
「資産運用で、すべてのプレイヤーが同じ投資行動を起こしたらどうなるか。こうした投資行動に対する研究は、昔から議論されてきた古くて新しいテーマです。AI技術への関心の高まりもあり、そのような議論の重要性も高まっている印象があります」
Section4 「金融の土管化」が進んだら?金融の未来の姿
最後に、先生が今注目しているトピックについても教えていただきました。
「FinTech(FinanceとTechnologyを組み合わせた造語。金融サービスと情報技術を結びつけたさまざまな革新的な動き)によって、さまざまな取り組みが広がっています。資産運用における取り組みも、そのような金融業界全体における取り組みの一つに位置づけられるのかもしれません。
また、これまで金融とは縁が薄かった企業が、今後は金融に関する新たなサービスを提供するケースなどもみられそうです。
そのような中、従来の金融機関の果たす役割なども影響を受ける可能性がありそうです。例えば、金融の土管化などといった議論もそのような背景のもとでの議論の一つに挙げられます。
私が金融分野に入ったときは、護送船団方式の様相が色濃く残っており、銀行での株式投資信託の取り扱いもまだ行われていないような時期でした。その後、金融ビッグバンと呼ばれる時期などを経て、その状況は大きく変遷してゆきました。
近年、情報技術の進展により、改めて新たな変化が起きつつある印象があります。資産運用を含む金融業界全体が今度どのような変遷をたどってゆくのか、興味を持って注視してゆきたいと思います」
執筆:金指 歩