Section1 株式の値動きは「ランダムウォーク」している
久保先生は現在、デリバティブを使った「株式や債券のボラティリティの推定」を中心に研究を行っています。ボラティリティ=値動きの幅のこと。つまり「リスク」と同じ意味の言葉です。
実はボラティリティは観測不可能な値だと、久保先生は言います。そこで他の観察可能な数値や市場価格を用いた複雑な数式モデルを構築して、コンピュータによる数値計算を行ってボラティリティを推定しているのだそうです。
また株式や債券の値動きに関しても、「近年の値動きには規則性が見られない」と久保先生。
「私のゼミでは毎年、Yahoo!ファイナンスから取得した株価のヒストリーデータから株価の動きをチェックする講義や、金融商品のデータを使ってポートフォリオを組む講義を行っています。
近年非常に気になるのは、株価が規則性のない動きをしている、つまり「ランダムウォーク」している点です。ゼミで行っているのはあくまで簡易的な調査ではありますが、日次データ・月次データとも、上場株式の価格にはランダムウォークが見られます」
20年ほど前、リーマン・ショックが起こる以前は、こうしたランダムウォークは上場株式の半数ぐらいにしか見られなかったそうなので、ここ最近の相場に変化が起きていることが分かります。
またこの影響を受けて、ゼミ生たちが作成するポートフォリオにも変化があるそうです。
「ゼミ生が日本株式や債券、海外株式、海外債券などでポートフォリオを組んだとき、これまではリスク・リターンにさまざまなバリエーションが見られました。しかし最近はどんなポートフォリオを組んでも、比較的同じ方向に値動きしてしまう。リスクとリターンの組み合わせを作るのが難しくなっていると感じます」
この現象は、株価がランダムウォークしていることに加え、世界のサプライチェーンやネットワークが十分に機能していることが理由だと考えられます。日本企業が日本だけでなく世界で活躍しているように、海外企業でも同じことが起こっていて、結果的に世界の資産が同じ方向に値動きしやすくなっているのです。
そうなると、資産の分散投資が難しくなってしまいます。異なる資産を組み合わせた際のリスク・リターンの組み合わせ数が限られている、そんな現象があるんだそうです。
ただランダムウォークしていること自体は「良いこと」だと久保先生は言います。
「ランダムウォークしているということは、誰か特定の人が儲かるわけではないので『フェアゲーム』になります。これは研究者から見ると良いことです。
ただ現在、日本銀行が株式相場に介入して適宜ETFを買い付けています。日銀のこの介入に規則性が見られる場合、平等性に『歪み』が起こる可能性があります」
もちろん、企業業績や景気の良し悪しによっても影響を受けます。基本的にはランダムウォークしつつも、特定の要因によって規則性が生まれる可能性も念頭に置いて、取引するのが良さそうです。
Section2 日本とアメリカで好まれる「債券の種類」が違う
次に債券についても話をうかがいました。株式と債券はどちらも、企業が資金調達する手段。このうち債券は、企業から見ると「借用証書」つまり借金のようなもので、債券を発行したら定期的に利払いを行い、満期日には償還によって投資家にお金を返す必要があります。
債券は、債券を発行する「発行体」によって呼び方が異なります。
- 国が発行する債券:国債
- 地方自治体が発行する債券:地方債
- 企業が発行する債券:社債
このうち最も金利が低いのは国債、最も金利が高いのは社債です。特に社債は企業によって金利が異なり、倒産リスクの高い企業ほど高い金利をつけて、お金を集めようとしています。
この債券を持つメリットは何か、久保先生におうかがいました。
「日本はこれだけ財政赤字を抱えていますが、金融機関などの機関投資家を中心に国債を購入しています。だからこそ、これだけ低い金利でも国債が買われ、安定的だと言われるのです。
株式投資のリスクが許容できない、けれども預金よりは高い利率を希望するなら、個人向け国債を購入されるのも1つの手段だと思います」
なお多くの地方銀行や信用金庫が国債を購入する理由の1つは、「運用能力が低いから」だと久保先生は言います。金融機関は集めたお金を運用して利益を生み出しますが、この運用能力に不安がある場合は安定的な国債の比率が高くなり、結果的に収益率が下がってしまうのだそう。
近年地方銀行や信用金庫には、経営危機の波が押し寄せていますが、その一因がこの運用能力に関係している可能性はあります。
債券には大きく分けて次の2種類がありますが、日本とアメリカでは好まれる債券が異なるのだそうです。
- 利付債:定期的に利払いが行われる債券。額面通りの金額で返済される。
- 割引債:通常額面よりも低い金額で購入する債券。利払いは発生しない。
「日本では利付債、アメリカでは割引債が好まれる傾向があります。なぜなら、割引債は実質的な収益率が購入時点で分かるから。対する利付債は、実質的な収益率計算がややこしいです。個人的にも、収益計算のしやすい割引債の方が優れていると感じますね」
Section3 自分に合ったリスク・リターンを考えよう
ある意味フェアゲームでありながらリスクの高い株式と、株式よりリスクは低いものの収益性に劣る債券。資産を運用する際は、どちらを選択したらいいのでしょうか?
「大原則は、ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターン。まずは自分が許容できるリスクや求めるリターンの組合せを考えて、それに合わせて資産運用を行うといいでしょう。
リスクが絶対にないものがよければ、銀行預金しかありません。それ以上の利益を求めるなら、そのリスクを知った上で株式や債券に投資を行うことになります」
金融商品選びの難しい点は、金融機関側・投資家側ともに、正確なリスクが評価できないこと。リスクが分からないものを取引している、とくに金融機関にはこの現状を改善する努力をしてほしい、と久保先生。
「金融商品の販売側である金融機関は、リスク・リターンを明確に数値化した何らかの指標を開発する努力をすべきだと思います。そうしないと、いつまでたっても個人投資家が金融商品を納得して購入できないですよね。
現状で個人投資家ができることは、こうした株式や債券の特性を知った上で、自分のリスク許容度に応じて投資すること。株式や債券単体ではなく、投資信託などを通じて長期的な分散投資を行うのもいいでしょう」
投資信託はプロがポートフォリオを考え、個人投資家では取り組みにくいショートポジションも駆使して運用されています。その点では個人が個別株や債券を取引するよりも、リスク・リターンともに優れていると言えるでしょう。
また、全財産を賭けるようなことはせず、まずはNISA制度の範囲内で資産運用を行ってはどうかと久保先生は言います。現在デイトレードなどの短期的な投資は、コンピュータによるアルゴリズム取引が主流となっています。なので、人間である投資家としては、自分が許容できるリスクと期待するリターンの「組合せ」を考慮しながら、長期的な観点で投資をされてはいかがでしょうか。
執筆:金指 歩

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