IPO株、日本ならではの課題は「価格決定プロセス」正しくIPO株を理解するポイントを取材

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監修者

県立広島大学 准教授

高橋陽二

県立広島大学大学院経営管理研究家(HBMS)准教授。2002年大阪市立大学商学部卒業、09年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(商学)。
岐阜聖徳学園大学経済情報学部専任講師・准教授を経て、18年より現職。

主な著書に、『オープン・イノベーションのマネジメント』(共著、有斐閣、2015年)、『知識の基盤になるファイナンス』(共著、中央経済社、2018年)などがある。

企業が上場とともに株を発行・売り出す「IPO」は、多くの投資家から注目される一大イベントです。上場とともに高い値がつきやすく、個人投資家からも熱い目線が注がれます。

しかしこのIPO株に関して日本ならではの課題が存在すると、県立広島大学の高橋陽二准教授は警鐘を鳴らします。その課題は「発行価格の決定プロセス」。いったいどんな問題があり、個人投資家はどう対応すべきなのでしょうか?分かりやすく解説いただきました。

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Section1 IPO株が個人投資家メインで売買される理由

IPO(Initial Public Offering)は、企業が投資家に向けて株を発行し、対象の証券取引所に上場することを指します。このときに販売されるのが「IPO株」です。

この上場時には既存の株主が持っていた未公開株も売りに出され、名実ともに企業が広く公開されます。こうしたIPO株を発行する企業側のメリットに関して、高橋先生はこう説明します。

「上場する企業側は、IPOによって株が公開された場で取引されるようになり、資金調達が容易になることを期待しています。また上場すると企業としての信頼・信用もアップするので、今後の展開を見据えて上場を目指す企業が多いですね」

企業側の思惑に対し、投資家目線ではやはり「投資する価値があるかどうか」が焦点となります。特に日本は個人投資家がIPO株を好む傾向が強いと高橋先生。その背景には、日本企業が上場する際の規模の問題があるそうです。

「アメリカで企業が上場する際は、すでに数兆円規模になっていることが多いです。しかし日本企業は、上場時で数百億円〜大きくて数千億円規模。機関投資家から見るとこの企業規模は小さすぎるので、投資先として魅力が乏しくなってしまいます。そのため機関投資家の投資対象にはなりにくく、結果的に個人投資家の割合が高くなっているのです」

こうした背景もあり、日本ではIPO株を個人投資家が購入する割合が大きくなっているそうです。するとどうなるのか?キャピタルゲイン(値上がり益)を狙った取引が展開され、結果的に激しい値動きの相場が形成されるのです。

Section2 IPO株公開時の「価格決定プロセス」に課題

そもそもIPO株は、どのような流れで公開されるでしょうか。まずは上場する企業と主幹事となる証券会社が交渉に交渉を重ね、「想定発行価格」を決定します。次にその想定発行価格を機関投資家に開示し、意見を収集。その結果を元に「仮条件(発行価格帯)」を確定します。

この仮条件を広く公開し、投資家からの参加を募るのが「ブックビルディング」です。このブックビルディングを経て、実際に投資家に購入される「公募価格(発行価格)」が決まり、晴れて上場の日を迎えるのです。

なお現在はブックビルディング方式が主流ですが、「入札方式」という制度も存在します。こちらは投資家が希望する購入価格で申し込みし、その状況に基づいて仮条件や発行価格が決められるもの。現在は比較的使われなくなっています。

この価格決定プロセスが、IPO株の公開後の大きな値動きを招くと高橋先生は指摘します。

「日本のIPO株は比較的人気がある場合、発行価格帯(レンジ)の上限価格に申し込みが集まります。例えばあるIPO株のレンジが1株1,000円〜1,200円だったとき、基本的には1,200円で公開されるでしょう。

すると1,200円で公開された直後に、IPO株の抽選に漏れた投資家や公開後の株取引(セカンダリー)を狙っていた投資家が、高い値で注文します。この結果高い「初値」が付き、まるでお祭りのような値上がりが観測されるのです。

一方でアメリカでレンジの上限に申し込みが殺到した場合、レンジを再設定してブックビルディングをやり直し、適正価格を探ります。もし日本でも同じように発行価格を再設定すれば、IPO株の公開直後の値上がりは起こらないかもしれません。しかし日本では今のところ、発行価格の変更は行われないのです」

Section3 企業と証券会社の関係に変化が。海外へアタックする企業も

発行価格から大きく値上がりした初値がつき、その後不安定な値動きが形成される点について、課題を感じている企業は多いと高橋先生。

「日本特有のIPO相場は、企業側から見ると「資金調達しにくい環境」だと捉えられます。そもそも株式は、合理的な価格付けが行われるのが理想。しかし日本のIPO株では、その株の発行価格が低く見積もられている状態です。そのため初期に調達できるお金が本来の価値よりも減少してしまうのです。」

ただ最近は企業側にある変化が見られます。日本で上場するタイミングで、IPO株をアメリカの機関投資家に向けて株式を販売し、海外からの資金調達にチャレンジする企業が増加しているのです。

アメリカではIPO株の約8割は機関投資家に保有されています。機関投資家は合理的な取引を行うため、安定した値動きが期待でき、企業側から見たメリットは大きいです。企業が日本から打って出る姿勢は、今後も増えていくと思われます。

また、上場する企業と証券会社との関係性も、今大きな過渡期を迎えていると、高橋先生は指摘します。

「従来の企業と証券会社との関係性は、はっきり言って証券会社が上でした。上場前から特定の証券会社とだけ懇意に付き合うのが慣例だったため、いざ上場を迎えたときに、専門的なノウハウを持つ証券会社がイニシアチブを取るのは、当然の流れです。

しかし最近は、上場に関してしっかりと研究・対策する企業が増加。その結果として、上場前から複数の証券会社と付き合い、企業側が主幹事の証券会社を選ぶケースも見受けられるようになりました。証券会社と対等に交渉する企業は、今後増加する可能性もあるでしょう」

Section4 投資初心者がIPO株をトレードする際の心得

では実際にIPO株のブックビルディングに参加し、購入できる権利を獲得したとしたら、投資初心者はどう立ち回ればいいのでしょうか。高橋先生は正直なところ、IPO株は初心者にはリスクが高すぎると考えているそう。

「IPO株は未公開だった株に初めて値段が付けられ、売り買いされる状況です。取引価格帯が定まらない中での取引は、ファイナンスの観点から見て非常にリスクが高いと言わざるをえません。

ただ初値で値上がりしたら、その当日で手放せばある程度大きな利益が得られます。また最近のIPO株の値動き傾向を見ると、IPO後に一旦値下がりしたあと、上昇トレンドに入る株も多いようです。

当日にすぐ売却するか、もしくはその後上昇トレンドに入って安定した値動きになるまで持ち続ける、といった2つのプランを検討してはいかがでしょうか」

なお上場後に発行価格割れする銘柄も、ゼロではありません。ブックビルディング時点であまり人気がない、また発行株式数があまりに多い銘柄に関しては、公開後に値下がりするケースもあります。

抽選に当たったからといって、すべてを購入する必要はありません。そのIPO株に関する情報を収集し、購入するか判断するといいでしょう。

最後に、今後のIPO株に関する高橋先生の考えを教えていただきました。

「IPO株の値動きの大きさは、現在の価格決定プロセスに大幅な見直しがない限り、今後もほぼ変わらないと考えています。引き続き個人投資者主体の、値動きの大きな相場が継続されるのではないでしょうか。

ただIPO株の値動きの課題に関しては政府も認識しており、2021年3月に開催された「成長戦略会議」にて、IPO株の価格決定プロセスの見直しが提言されています。

IPO株の本来の役割は、企業の成長を長期的に支援することです。この目的に立ち返り、個人投資家そして機関投資家とも、健全な取引を志してほしいと思います」

執筆:金指 歩

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